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名古屋地方裁判所 昭和40年(ヨ)2052号 判決 1968年5月13日

申請人 山下東彦

右訴訟代理人弁護士 桜井紀

右同 安藤巌

被申請人 石川島播磨重工業株式会社

右代表者代表取締役 田口連三

右訴訟代理人弁護士 本山亨

右同 松崎正躬

右本山亨復代理人弁護士 岩瀬三郎

右同 四橋善美

主文

申請人の申請はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一、申請人の求める裁判

一、被申請人は申請人を仮に被申請人会社船舶事業部名古屋造船所鉄構設計課ないし、橋梁設計課に就労させなければならない。

二、被申請人が申請人に対して昭和三八年九月三〇日付でなした一年間の定期昇給停止の懲戒処分の効力を仮に停止する。

三、被申請人は申請人に対し金九六、三七八円を仮に支払え。

四、訴訟費用は被申請人の負担とする。

第二、被申請人の求める裁判

主文同旨。

≪以下事実省略≫

理由

一、申請人主張のとおり、申請人が訴外会社にやとわれたこと、訴外会社は申請人に神戸へ転勤を命じたこと、その際組合・訴外会社間で合意が行なわれたこと、申請人について懲戒処分が行なわれたこと、被申請人が訴外会社を合併したこと、被申請人が申請人を名古屋営業所汎用機課に転勤させたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二、就労請求について

≪証拠省略≫によれば、次の各事実が疎明される。

昭和三七年九月末、訴外会社は、技術部鉄構設計課で水門の設計を担当していた申請人に対し、同年一〇月一日付で神戸事務所ヘセールスエンジニアとして転勤するよう内示した。これに対し申請人は訴外会社が転勤命令を発した事由として挙げる陸上(構築物)部門の強化という方針や申請人を選任した具体的事情が納得しがたいとして労働協約の規定にもとづき苦情処理の申立をした。これについて一〇月四日労使の代表各三名の委員よりなる中央苦情処理委員会が開かれた。右委員会の席上では、申請人を神戸事務所に転勤させるにつき訴外会社があらかじめ一定期間経過後名古屋の職場に再配転する約束をするかどうか、その期間を何年とするかについて議論がされ、労使折衝のうえ、結局人事配置の事情についてとくに変化のない限りという留保を付して、申請人の神戸事務所における勤続期間を原則として三年とすること、その後は原則として名古屋で勤務させることに意見の一致を見、その趣旨で「申請人を原則として三年間神戸事務所に勤務させる」と決定された。右決定は、訴外会社および申請人の双方を拘束する効力を有するものであった。右決定内容の履行の確実を期するため、組合はあらためて訴外会社と右決定の趣旨どおりの合意をし(決定内容どおり合意がされた事実については当事者間に争いがない)、訴外会社労務部長清水三奇夫および組合執行委員長草川昭三の両名がそれぞれ右合意を記載した確認書に署名・捺印した。そして組合および申請人ともに、申請人が技術者で当時工場の技術業務を担当していたこと、会社には当時神戸事務所を除けば名古屋市外の職場としては東京事務所があったにとどまること、中央苦情処理委員会での論議が主として神戸在勤期間の点についてなされたことなどの事情もあって、申請人は原則として三年後には名古屋で勤務することになりその際は当然転勤前の職場ないしその他の技術担当の職場に配置されるものと考えていた。

しかしながら、その際組合もしくは申請人が、訴外会社との間に将来申請人が名古屋で勤務する際の配置職場やその担当業務の種類について具体的に協議し、合意したと認めるに足りる疎明はない。

したがって前記合意がその内容、当事者、作成の方式にてらし申請人の労働条件に消長を及ぼす労働協約の一種と解されるとしても、その効力の範囲は前認定の合意の趣旨を越えるものではないのであるから、前記合意により申請人が名古屋造船所鉄構設計課ないし橋梁設計課に就労させるよう請求する権利を取得したものと認めることはできない。それ故、申請の趣旨第一項についてはその被保全権利につき疎明を欠くものといわざるをえない。

三、金員仮払の仮処分について

≪証拠省略≫によれば、申請人に対しなされた昭和三九年四月一日における定期昇給停止の金額は八〇〇円であったこと、被申請人は昭和四〇年一月申請人を含め訴外会社従業員に対する学歴、勤続年数、人事考課にもとづく賃金是正措置を行なったこと、その際申請人については右定期昇給停止の事実を考慮しないで賃金是正措置が行なわれこれによって昭和三九年四月から同年一二月までの間における昇給停止の効力は事実上それ以降将来にわたって消滅したことが疎明される。他にこれを左右するに足りる疎明はない。

そうすると右九か月間の給昇停止中の未払賃金は仮に所定時間外賃金、一時金支払いへ波及したとしても、その金額においてせいぜい一万数千円の範囲にとどまることが窺われ、これをもって申請人に生活上重大な損害が生ずるものとはとうてい解されない。

そうすると申請の趣旨第三項については仮処分の必要性につき疎明を欠くものというべきである。

四、定期昇給停止処分の効力停止の仮処分について

右のとおり金員支払いの仮処分の必要性が認められない以上、他に特段の事情がない以上、これと別個に観念的に定期昇給停止の処分について、その効力を停止する必要性も認められず、右特段の事情については何らの疎明がない。

五、以上のとおり本件仮処分申請は、申請の趣旨第一項については被保全権利、同第二、三項についてはその必要性についていずれも疎明がないことに帰するから、その余について判断するまでもなく排斥を免れない。

よって本件申請をいずれも棄却することとし訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 片山欽司 鬼頭史郎)

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